4度死にかけた男:53歳の時 1月20日早朝脳梗塞を発症
みなさんこんにちは、
今日のテーマは、稀有(けう)な話「4度死にかけた男:53歳の時 1月20日早朝脳梗塞を発症」です。
今日は、「53歳の時 1月20日早朝脳梗塞を発症。大学病院に緊急入院、2月15日にリハビリテーション病院に転院し、理学療法士と作業療法士によるリハビリテーションで身体機能の回復に努め4月21日に退院する。」という内容について話していきたいと思います。
その頃の男の風貌と言うと、ギランバレー症候群で瘦せていた面影は全くありませんでした。逆に少し太っていました。
43歳で施工管理技士の仕事からは完全に離れ、企業コンサルタントを生業にしていました。
47歳から50歳まで島根県教育庁の委嘱で、毎週2回公立高校のキャリアコーディネーターとして、定時制・通信制高校で働き、県内では顔が割れていたため悪事に手を染めることができませんでした( ´艸`)
53歳の頃は、夜は遅くまで書類を作成して、寝付けない時はアマゾンプライムビデオで気持ちを切り替えるという毎日を過ごしていました。
そして、あの日を迎えたのです。
1月20日になってしまった深夜2時頃、眩暈(めまい)で仕事ができなくなりました。コンピュータのディスプレーが揺れて見えたのです。
疲れているからかもしれない、今日は寝ることにしようと布団に入って眠りました。
朝方、まだ薄暗い6時頃トイレに行きたくて布団から起きて歩こうとした時、左半身に力が入らないために立ち上がることができませんでした。少し汚い話ではありますが、トイレまで行けそうになかったため、縁側のサッシを開けて、サッシのガラス枠に身体を寄せて庭に向かって用を足しました。
そして、這うようにして布団に入り少し時間が経過しました。
今度は、目を開けた時に、両目が右の方に寄っているのが分かりました。目を動かして左側を見ることが困難だったからです。
男は薄暗い部屋の中で、自分の携帯電話を探しました。なぜならば、大きな声で妻を呼んでも返事がなかったからです。
幸運なことに手を伸ばすと、携帯電話はそこにありました。
しかし、携帯電話のディスプレーを見ると、目の焦点が合わず、ぼやけていて電話番号が読めません。
妻は別室で眠っています。妻に連絡をしなければと焦りましたが、妻の電話番号を見出すことができませんでした。
携帯電話のボタンを長押して、「○○に電話する」と告げると、「〇〇に電話を掛けます」と携帯電話が反応してくれました。
電話に出てくれた妻に、「すぐこちらに来てくれないか」と告げると、「どうしたの?」と別室から駆けつけてくれました。
妻は男の異常に気付いて、「病院に行ってみる?」と言いましたが、総合病院の救急外来に連れて行けば特別料金が別途請求されることを知っていたので、「病院が開くのは9時からだから、まだ時間があるわね」と言ったのです。
妻は、男の症状が重篤なものだと思っていなかったことが、この言葉から分かります。
男にとって待っている時間は、とても長く感じられました。
9時になりました。近くのファミリークリニックに妻の運転する車で行き、診察の予約を取ると3番目でした。小児科を併設するクリニックの待合室で30分ほど自分の順番が来るのを待っていました。
医師に男は呼ばれました。
男が医者に今朝の出来事と状況を告げると、医師は、「片足で立ってみて下さい!」、「このようにしてみて下さい」と男に指示を出しました。
医師は、「確かに変ですね!」、「紹介状を書きますから、直ぐに総合病院に行って精密検査を受けてください!」
また、「救急車を呼びましょうか?」とまで言ってくださいましたが、妻は、「大丈夫です!私の車で連れていきますから」と返答しました。
「急いで精密検査を受けなければ・・・。」と男は思いながら車に乗り込むと、
妻は、「母(妻の実母)が薬をもらいに病院にいるから、母を迎えに行って自宅に連れて帰ってからでもいい?」というのです。
「え~!、何だって!?」と男は考えたのですが、「分かった、いいよ」って妻に返答しました。
車中での男の両目は右側に大きく寄っていて、左や正面をまともに見ることができなくなっていました。
病院で待っている母を拾って、自宅に連れて帰ってから、車は総合病院である大学病院に向かったのです。今朝の発症からすでに4時間以上経過していました。
病院の玄関に降り立つと(立つことができないので)車椅子に座らされ、受付を終わってから救急対応のベッドに寝かされました。
しかし、原因がわからなければ、処置をすることができません。
しばらく待たされた後にCT検査を行ったと思います。(あまり覚えていません)
その結果、検査をした医師が、「良かったですね、見つかりましたよ。とても細い血管ですが詰っているのを見つけました。あなたは脳梗塞です。」
確かに見つけるのは至難の業だったかもしれませんが、誇らしげに言われても・・・。というのが男の率直な気持ちでした。
でも、その細い血管こそが、決して詰らせてはいけない部位の血管だったことが後に知らされるのです。
病名が分かってからは、男は個室に移され、血管の詰りを溶かすための薬液の入った点滴をすることになりました。
それも絶対安静で、身体も頭も決して動かしてはならない。というものでした。
ベッドの上では、左半身がだるいだけではなく、全く動かないということに途中で気づきました。そして、両目は右側しか見ることができない。無理に動かそうとすると、頭の中で、「カチッ、カチッ」という音が鳴り響くのです。まるで頭の中に何か機械が入っているかのようでした。
夜になり、看護師がある一定の時間ごとに点滴を交換しにやってきます。少し頭痛も感じます。いつもなら看護師に対して発するであろう男が得意とするジョークやダジャレも頭には浮かびませんでした。そんな余裕は全くなかったのです。眠りたくても体がだるく、左半身も動かず、ある意味拷問でも受けているかのようでした。(生まれてこの方、拷問は受けたことはありません。あの幼少期の交通事故後のベッドでの宙吊り以外は・・・。)
このような処置は、2日ほどでも続いたでしょうか。カーテンで遮光された病室の中では、時間的感覚がなかったため、ただただ長い時間だけが経過したように感じていました。
ベッドの上で絶対安静でいることは背中やお尻に痛みを伴いはじめました。2日目にして絶対安静から、少しだけ頭を動かしてよいと許可が出ました。3日目に寝返りを打ってもよいという許可が出ました。そして、点滴に頭痛や身体の痛みをとるための鎮痛剤を入れる許可も出ました。
3日間も寝たきり状態でしたので、身体がだるさから痛みに変わっていました。3日目の朝なのか、昼なのか、夜なのか定かではありませんが、食事をすることになりました。
ベッドから起き上がることはできませんので、ベッドを15度傾けて流動食を取るのです。美味しいなんて感覚はないばかりか、難行苦行とさえ思えたほどです。
それから15度づつベッドの傾きが変わっていき、5日目には、普通の食事とリハビリテーションのプログラムが始まりました。
その間にも、ベッド上での排泄お丸事件やポータブルトイレでの看護師を伴った転倒事件など書きたいことはたくさんありますが、長くなるのでここではやめておきます( ´艸`)
面会が許された5日目に友達の貴公子ならぬ気功師がやってきて左半身に掌をかざし、血流を整えるようにしてくれました。でも、左半身は動くものではありません。
5日目の夕方、男の母(実母)が見舞いに訪れました。
病室に入るなり、「どんなかね?(どうですか?)」と一言。
男は、母に向かって喋りはじめました。
そうすると母は、「それだけ喋れれば、大丈夫だね!」と、安心したような表情で帰ろうとするのです。
病室には妻もいて、「お母さん、もう帰られるんですか?」
母は、「体が動かなくなったとしても、あれだけ喋れれば仕事ができるだろうから安心したので、帰るわ!」と言い残して本当に帰ってしまったのです。母が病室にいた時間は、わずか5分足らずでした。
そうそう、詰った血管の箇所についての説明をしておきます。
橋(きょう)という箇所で、延髄(えんずい)とも言います。
この箇所の血管が詰まった場合、「半身不随」、「言語障害(言葉が喋れなくなる)」、「視覚障害(目が見えなくなる)」、「心肺停止」など重篤な状況に陥ることがほとんどで、私のように左腕と左膝辺りにしびれが残るぐらいなのは、本当に奇跡なのだそうです。総合病院から転院してリハビリテーション病院で男を担当した理学療法士や作業療法士から聞いた言葉なのでそうなんでしょう。
言い忘れていましたが、1月20日の発症の1ケ月前に眩暈(めまい)という前兆があり、大学病院の救急外来で検査を受けていたのに、その時には見つからなかったのでした。
インターネットで脳梗塞を調べると、そこに書いてある通りの経過で、発症すべくして、脳梗塞が発症したのでした。
退院してから後遺症に対してさまざまな健康食品を試してみた、その男こそ 富士工業有限会社 専務取締役 佐々木真悟なのです。
今日をもって、病歴に関するブログは終わりたいので、4度死にかけた以外にも、「自然気胸で高校2年生3学期は病院で過ごす」とか、「センター試験直前、自転車の転倒で地面に激突、脳震盪で救急車で運ばれ3針縫う」とか、「今までの全身を縫合した数は51針」とか、小さな話題はまだまだありますがやめときます。
大切なことは、「まだ男は、しぶとく生きている」ということだと思います。
こんな男がブログを通して、健康について、ビジネスについて事細かに語るのですから、これからもお付き合いください!
「この続きは、明日の心だ~!」
という懐かしすぎるフレーズで終わりたいと思います。
From 愛用者の佐々木専務
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