4度死にかけた男:35歳の時 難病のギランバレー症候群発病
みなさんこんにちは、
今日のテーマは、稀有(けう)な話「4度死にかけた男:35歳の時 難病のギランバレー症候群発病」です。
今日は、「35歳の時 難病のギランバレー症候群発病、大学病院へ入院する」という内容について話していきたいと思います。
35歳ですから、もういい大人です。
その頃の風貌と言うと、中肉中背というよりも少し太めのオヤジっていう感じでしょうか。
身長176.5㎝ 体重86kg 握力58kg
土木現場によくいる少し太めの現場監督でした。
その頃、男の担当する現場が2つ同時に動いていました。
1.河川の両岸にコンクリートブロックを設置する護岸工事の仕事。
2.複雑な交差点の道路を片側通行にして道路を掘り返し、光ケーブルを設置してから埋め戻し、アスファルト舗装して原形復旧する仕事。
と、当時家族には自立神経失調症(強迫神経症)の妻がいました。
現場もなかなか厳しいスケジュールでしたが、それ以上に精神的に病んでいた妻との夫婦関係に大きな悩みを抱えていました。
男は様々なストレスを多く抱えていました。こんな状況の中で、病気が発症したのです。
2.の交差点での現場で、道路を1.2mほど掘削機で掘っていました。
掘っていた穴の中に降りて、写真管理をしてから上がろうとした時に、上がれないのです。いつもなら簡単に上がれる高さなのに自分の力では上がれないのです。近くにいた作業員に手伝ってもらってやっと上がれました。
なぜか体に力が入らない。
夕方まで会社の事務所で仕事をしてから、少し早めに帰宅して、夕食を家族で食べ始めると、今度はろれつが回らない。思ったように喋れない。口に入れた食べ物を上手く噛めない、食べれない。このような症状が出てきました。
夫の状況を見ていた妻は、「もしかして脳梗塞ではないか?」と考えました。「家庭の医学」という厚めの本を取りだして、症状別で調べていました。「やっぱり、この症状は・・・。」と電話を取りだし救急外来の手続きを始めました。当時は島根県松江市に住んでいましたが、脳神経関連の医師は松江市の病院には不在で、隣の出雲市の医大にはいることが分かりました。
妻は夫を急いで車に乗せて、約1時間かけて出雲市の医大の救急外来に連れていきました。その日の担当医は、若い女医で、すぐに問診と検査を行いました。黒いゴム製のハンマーで足を叩き、身体の反応を診てから、「たぶんこれは、脳梗塞ではなく、ギランバレー症候群だと思います」と告げたのです。
「ギランバレー症候群って何なんだ?」と、男の頭の中で聞いたこともない病名が駆け巡りました。
ギラン・バレー症候群(Guillain-Barré Syndrome, GBS)とは、自己免疫疾患の一種で、主に末梢神経が障害される病気です。通常、細菌やウイルスの感染をきっかけに、免疫システムが誤って自分の神経を攻撃してしまいます。
主な症状
筋力低下: 手足の力が入りにくくなります。
感覚障害: 手足のしびれや感覚が鈍くなることがあります。
呼吸困難: 重症の場合、呼吸筋が麻痺し、人工呼吸器が必要になることもあります。
診断と治療
診断: 神経伝導検査、血液検査、腰椎穿刺などが行われます。
治療: 免疫グロブリン療法や血漿交換療法が一般的です。リハビリテーションも重要です。
この病気は比較的まれで、日本では年間約2000人が発症します。早期の診断と治療が重要ですので、症状が疑われる場合は速やかに医療機関を受診してください。
35歳にして、またしても緊急入院することになりました。
この病気は、その時は難病指定ではありませでしたが、1年後に難病指定となりました。
入院してから段々と身体はやせ細り、体重も減って、筋力が低下していき、寝返りはできないし、自分の力で頭を持ち上げることもできない。そして、病院のベッドからも降りてトイレに行くことも難しくなりました。
この病気の治療法は、2つありました。
1.免疫グロブリン療法
2.血漿交換療法
1.は500mlの点滴を朝から夕方までかけて4日間。2000ml注入する。
2.人工透析によって血液中の不純物(細菌やウイルス)を取り除く。
男は、1.の治療法を自ら選択しました。
入院から2ヶ月ほどで、家族の事情もあって無理やり退院しました。
退院後に外来で診察はしましたが、
身長176.5㎝ 体重68kg 握力19kgになっていました。
すなわち、約2ヶ月で体重が86Kgから68Kgへ 18Kg減りました。
握力は、58Kgから19Kgに 39Kg減りました。
胸板は薄くなり、心臓が動いているのが分かりました。
腕立て伏せは一度もできなくなり、足の屈伸運動は難しく、歩行障害もありました。
入院中には、顔面麻痺の症状が現れ、歯磨き後のうがいをすると口に含んだ水が唇の脇から吹き出しました。
男の顔の半分は張りもなくなり、垂れてしまったために顔全体が歪んでしまいました。
外来での検診で分かったことは衝撃的なものでした、本来、この病気のリハビリテーションには、半年から1年以上は必要であるということでした。
しかし、退院して間もない男には、歩行障害も筋力低下もあるのに、会社社長の指示のもと、男は現場に出て測量作業を補助員の助けを借りながら行うことになりました。また、天然ミネラルとビタミンの複合体である飲料を大量に飲むことによって、社会復帰を3ヶ月でやり遂げたのです。
社長は鬱っぽい男にこのように告げました。
「気分がすぐれない時ほど、現場で日の光を浴びて、仕事をして汗をかけば、気分は良くなる。だから、身体を動かして働け!」
今考えると、あのまま筋力も低下した身体で、鬱っぽい状態で、何もしないで過ごしいていたなら、精神的に参ってしまっていたのだろうと思います。
この病気の後遺症としては、筋力がほとんどありませんでしたから、笑うと腹筋が攣(つ)りました。背伸びをすると背筋が攣りました。歩くと膝がカックンとなりました。
でも、それらの症状は時間は掛かりましたが克服できました。
社会復帰してから1年後に精神的な病を持っていた妻とは離婚することになりました。
離婚してから約1年後に男は再婚しました。
「この続きは、明日の心だ~!」
という懐かしすぎるフレーズで終わりたいと思います。
From 愛用者の佐々木専務
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